重箱

好きなものをつついていく

仲谷鳰『さよならオルタ』 コインの裏表

折田家の双子ルリとハリは2人でひとつであり、コインの裏表だった。幼いころは自然と交替でお互いの人格になって過ごしていた。それを知り泣く母親のためにおおっぴらに入れ替わることはやめたが、それでも密かな入れ替わりは成長してからも続いていた。お互いの情報を共有し、コインでルリ役とハリ役を決める。意地悪なクラスメイトから顔に名前を書かれれば、もう1人も同じようにるりこと書く。2人はまったくの同一存在になることによって、2人として成り立っていた。

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さよならオルタ』は『やがて君になる』が電撃大王で好評連載中の仲谷鳰が、編集者の楠達矢に見出されるきっかけになったオリジナル同人誌だ。楠氏は1年かけて彼女を口説いてデビューさせたそうだが、それだけの時間と情熱をかけるにふさわしい、完成度の高い漫画だ。
これで電撃大賞金賞を取ったことにより、仲谷先生は『やがて君になる』を連載していくことになる。

AMW|第21回 電撃大賞 入選作品

 

幸運にも友人にこの本を借りることができたので、思ったことを書いていく。

※物語の結末までのネタバレをしています。未読の方、中でもこれから読む予定のある方は注意。

 

 


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◯リが死んだのは、きっと草太が「ルリ」を選んでしまったからだ。顔に書かれた名前はもう1人にも同じように書けばいい。だがもう1人にも同じようにキスをすることは出来ない。同一だった2人の存在の片方だけに決定的な違いを与えてしまったのは草太だ。
双子が戯れにしたキスの時に言っていた言葉を思い出す。「なんで口ってひとつしか無いんだろ」

死んでしまったのはどちらなのか。生き残ったのはどちらなのか。素直に読めば、あれはキスのことを知らない「ハリ」の方だろう。「ハリ」は草太の求める「ルリ」に成りかわり、草太はそんな彼女の嘘を受け入れて生きていく。

だが、あれが「ルリ」だとすると、悲劇は更にねじれてやりきれないものになる。
もし「ルリ」がキスのことを「ハリ」に伝えていたら、きっと彼女は死ななかった。しかしもう「ハリ」は死んでしまった。血塗れになったコインの片側、血の届かない王冠。
裏か表かどちらかしかないコインが存在しないように、「ルリ」は「ルリ」ひとりのままでは存在できない。『悼まれているのは私の半分』だ。人は半分では生きていけない。だから「ルリ」は草太の前では「ハリ」の振りをする。1人で2人分を生きるために。

生き残ったのはどっちだ、という話をした。しかし最後まで読んでから改めて読み返せば、ルリとハリは入れ替わり続けており、死んだのが本当にルリなのかどうかは読者には理解できない。結局わかるのは「折田玻璃子」名義の戸籍が死亡扱いになったことだけだ。

オルタナティブ。代替という意味を持つこの言葉にさよならを告げる草太の前を歩くのはしかし、いずれにせよどちらかの代替品なのが皮肉だ。こちらに視線を向ける彼に置いていかれるように、読者はやりきれない気持ちを抱えたまま放り出され、物語は終わる。

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やが君からの読者なのでどうしてもその気配を探してしまうんだが

・物語の転換点になる出来事が河原で起こる(こちらは文字通り三途の川なのか?)
・やがて名シーン「先輩のばーか」を生み出す、吹き出し内のセリフ隠し
・家庭内に亀裂が走るシーンでまた醤油出てきた!
・絶対に関係ないけど御霊"燈"の文字でゾクっとする

仲谷先生は醤油に対してなにかしら考えるものがありそうだという結論でこの記事おわり