重箱

好きなものをつついていく

劇の中で起きたこと 得たもの - 舞台『やがて君になる』 感想2

前回の記事の後、舞台『やがて君になる』を2回鑑賞した(5月8日昼公演15列上手端、5月12日千穐楽13列下手側)。

f:id:lacqueredboxes:20190517194517j:image

f:id:lacqueredboxes:20190517194534j:image

何度か見るうちに気づいた、舞台ならではの面白いポイントがあったので書いておきたいのと、前回の記事を書いた時とは異なる視点でこの舞台を見られるようになったことを残しておきたい。

 

舞台の上下(かみしも)、上下(うえした)

侑、燈子、沙弥香の3人の立ち位置で三角形が表現されていることは前回の記事でも書いた。沙弥香は燈子が急に接近した侑を訝しみ(沙弥香と侑にスポットライト)、侑はこよみに燈子の人物像を答えられずに口ごもり(侑と燈子にスポット)、燈子は沙弥香を自分に踏み込まない人物だと評する(燈子と沙弥香にスポット)。

最後に「言えないことが増えてくなあ」で全員にスポットが当たるので、原作では侑と燈子(と、みやりこの2人)に掛かっていた『秘密のたくさん』というサブタイトルが、「燈子を好きな気持ちを隠し続ける沙弥香」にも掛かっているという解釈が面白い。

 

ここで注目すべきは3人の立っている場所で、燈子が舞台中央よりの一番高い場所、沙弥香が上手側(向かって右側)の燈子の次に高い位置、侑が下手側(向かって左側)の一番低い位置(舞台上の段差でいうと下から2番目)だ。

第42回 歌舞伎彩歌 ちょっと幕間「立ち位置からひもとく人物の力関係」 | 衛星劇場

リンク先の解説にあるように、舞台は人物の配置で立場の差や力関係の強弱を表す。この時点では燈子がこの3人の中でもっとも影響力があり、状況をコントロールしていることが示されている。

そして、この3人の三角形は舞台後半でもう一度形作られる。

改変後の劇の練習シーンがそれだ。しかしその頂点は変化している。沙弥香の位置は変わらず、姉と似ていないと言われた上に脚本の改変で追いつめられた燈子は下手側最下段(前回の侑の立ち位置より更に下)に位置し、侑は舞台ど真ん中の高い場所。沙弥香も燈子も見下ろす形だ。結末の改変という大胆な行動を起こした侑が、今この3人の関係で一番力を持っているということが一目で分かる位置どりだった。

少し余談だけど「燈子を変えたいという願いを伝えるのが、どうして私じゃなかった」と歯噛みする沙弥香と、それまで客席に背を向けていた侑が振り向いて顔を見合わせるところがグッときた。

侑がいつから背を向けてたのかはわからなかったけど、燈子にとって侑がわからなくなってしまったことの表現だろうか。

 

位置取りで初めに印象深かったのはオープニングの燈子の登場シーン。前にも書いたが、舞台中央中段に登場した侑が、周りの人たちと挨拶をしながら中央最下段に降りたところで、最上段に燈子が登場。「何を隠しているんだろう」の歌詞に合わせて舞台上の全員が燈子を見上げることで、これは侑が周りの協力を得ながら七海燈子という謎を解いていく話なんだという印象が強く残る。

ちょっと記憶が定かではないけど、侑が舞台を縦横に駆け回っていたのに比べて、燈子は舞台の上方にいることが多かったような気がする。だからこそ劇改変後の燈子が下手最下段という一番「弱い」ポジションに追いやられた姿が印象的だった。

 

上手下手の使い方で面白かったのは相合傘のシークエンス。上手端から下手方向へ移動しながら芝居が進んで行って、中央まで来たところで名前呼びと身長差のやりとり、傘で隠したキス、下手端で「嬉しかった?」のやりとり。

移動するごとに侑と燈子が親密になっていって、侑の心がほぐれていく。凝縮された時間が上手から下手へ流れていくのが目に見えるようだった。その流れに乗るかのように、下手へと並んで歩きながら侑は「嬉しかった」と口にする。途端に燈子は体ごと正反対、上手側に向き直って言う。「嬉しかった?」 それはまるで今までの流れをせき止めるかのような激しい拒絶だった。

 

沙弥香が侑に演説を任せてから燈子の出てくる場所や、演説前の侑と燈子が2人で中央の段を登っていくところ、侑が燈子の姉のことを訊く場面、最後の告白のシーンでも人物配置の面白さは感じられた。こだわって作ってあるのが分かるので細かいところはぜひ秋に出るブルーレイ/DVDで確認してほしい。早く見たい。

トライフル エンター テインメント 公式通販

 

細かい演技の好きなところ

暗転を極力使わない方針だったのもあって登場人物が小道具舞台装置を持ってはける、っていうのをよくやってたんだけど、沙弥香が燈子の姉のことを知ってることが明らかになるシーンで、他の人と一緒に椅子を持ってはける直前だった侑が2人の会話を気にして舞台袖ギリギリで聞き耳を立てて「沙弥香ならいいよ」で思わず、といった風に振り返る。ここの演出と演技がよかった。その後すぐに燈子を部屋に誘うシーンになるのもあって、侑の内心の嫉妬や独占欲っていうドロっとしたものが透けて見えるようなシーンだった。

その他細かいところ

特に最後の都さんの発言についての印象の変化は、わたしにとってとても大きいものだった。原作やアニメより出番が増えて、よりくだけた印象の人物になった都さんだけど、そこも魅力的だった。都さん役の立道さんの演技にそれだけ説得力があったのだと思う。

 

 

いろんなのり物や道すじがある

この舞台の間の無さ、早口すぎる台詞、そういう惜しいところは何度見てもさほどは変わっていない。けれども、そうしなければいけなかった理由はなんだろうと考えた時に、制作陣はこの物語を杜撰に切り落とすことはしたくなかったのではないか、と思い当たった。

全く初演の舞台、想定する客層が演劇慣れしていない人たちで、上演時間が2時間半以上休憩あり、という選択は現実問題としてできなかったのだと思う。

伸ばすことができないのであれば、内容を変えるか詰め込むかの2択になる。もっと変えようと思えばいくらでも変えられたはずだ。キャラクターを減らしたり、ストーリーラインを大胆に改変すれば、約2時間という枠に容易に収められたはず。でも、彼らはそうしなかった。できるだけ原作に寄り添い、限られた時間の中で『やがて君になる』という物語の魅力を損なうことなく、演劇ならではのやり方で表現しようと最善を尽くした結果があの舞台だった。千穐楽まで見た今では、わたしもそう思うようになった。

たとえば、君が大阪へ行くとする。いろんなのり物や道すじがある。

だけど、どれを選んでも、方角さえ正しければ大阪へつけるんだ。

ドラえもん』第1話『未来の国からはるばると』セワシの台詞

原作が各駅停車だとすれば、舞台は新幹線だった。在来線のように曲がりくねった線路でなく、要所だけに停車しながら大阪を一直線に目指してたどり着いた。走るルートは違うとしても、方角は正しく、目的地は同じ場所だった。原作が4年かけて走ってきた距離を2時間で駆け抜けるんだから早足にもなる。そういう風に理解をした。

 

小糸侑のイデア

前回の記事を書いた時、舞台の侑のキャラクターが自分のイメージしていたものと重ならなくて引っかかっていたんだけど、その後に刊行されたスピンオフ小説『佐伯沙弥香について2』を読んで考え方が変わった。

『佐伯沙弥香について』シリーズは全編沙弥香の一人称の小説だ。だからここに出てくる登場人物はみんな、沙弥香の視点でどう見えているか、という姿で描かれている。燈子や愛果、みどりは原作とほぼ相違なく感じられた一方、侑の印象は原作よりもだいぶ幼いものに感じられた。侑が燈子に見せる寛容さや大人っぽさを沙弥香は知らない。だから沙弥香は年下の小糸さんをこういう風に見ているんだと理解した時に、原作の侑もつまりは「侑自身が思う自分」として描かれているんじゃないのかという考えに至った。

7巻のあとがきで描かれていた、仲谷先生の言うやが君イデア界を舞台の製作陣も見ているはずだ。キャラクターが立体的に作ってあればあるほど、どこで見るか、どういう視点で見るかによって見える姿は当然変わってくる。

劇中劇の主人公や燈子の姉の澪が人によって違う顔を見せていたとしても、そのどれかが本物で他が偽物だという話ではない。

 

劇の中で起きたこと 得たもので

主人公は答えを出さなきゃいけない

やがて君になる』23話『終着駅まで』こよみのセリフ

原作で侑に起こること、舞台で侑に起こることは同じようでいて少しずつ違う。おそらく一番違うのは、舞台では沙弥香との交流が描かれなかったことだ。原作の侑は、13話『降り籠める』において、燈子に拒否されることを恐れ、現状の心地よい関係を継続させるために自分の心を隠して燈子との関係を「このままでいい」とする。そして直後の14話『交点』で、燈子の願いのため、自分の立ち位置を守るために「このまま」を望む沙弥香と、13話を経た侑が、燈子に対して類似した立場であることが描かれる。

このエピソードがカットされたことで、舞台の小糸侑は燈子との「このまま」を望む人物ではなくなった。寂しさを埋めるために自分の気持ちを隠すある種のずるさはなりを潜め、かわりに燈子への気持ちを素直に表せないもどかしさを抱える女の子になった。

「キス、……いつも先輩からだな。今度はわたしから……。なんて、きっとできない」

燈子からの拒絶に、慌てて「誰も好きにならない小糸侑」を取り繕ったあとの侑はこう独白する。舞台の彼女は、内心ではずっと変化を望んでいる。

劇の中で起きたこと、得たもので変わっていった小糸侑。原作とは違うルートでゴールを目指す彼女の、また別の形。そんな風に考えられるようになったのは、やはりこの舞台が真摯に作ってあるからだ。

 

おわりに

キャストやスタッフのこの舞台にかける熱意は様々なところで感じられた。最終稽古前日に変更された結末、たとえ見えないところでもキスしていないことがわかったら嫌だという理由できちんと演技をしてくれた侑役の河内さんと燈子役の小泉さん。

千穐楽で沙弥香の報われなさに声を詰まらせ涙をこぼした沙弥香役の礒部さん。他キャストもアンサンブルに至るまで、この作品を良いものにしようという意識で演じてくれたのが伝わった。

また作品づくりとは関係のないところでも、観客の誘導、当日券の抽選方法や物販の案内も細部に至るまで配慮が行き届いていて、毎回気持ちよく観劇することができた。

関わった方々皆様のお陰で、良い体験をすることができた。本当にそう思う。

---

良い舞台を見せていただいてありがとうございました。こんなに何度も足を運んだ舞台は無かったし、こんなにひとつの舞台について考えて考えて文章を書いたこともありません。

アニメにしろ舞台にしろ、まず原作の持つ力があって、そこに集う人たちがその魅力をなんとか自分たちのやり方でもっとたくさんの人たちに届けたいと、そう思った結果が相乗効果を生んだのだと思います。

舞台の再演、地方公演、そしてアニメ2期、心からお待ちしています。