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好きなものをつついていく

舞台『やがて君になる』感想

この記事には舞台『やがて君になる』の重大なネタバレが含まれます。

また、単行本未収録の40話の内容にも踏み込んでいます。

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『舞台 やがて君になる』を5月3日初日(4列目下手端)と5月8日夜公演(2列目下手端)で鑑賞した。

アニメでやった範囲を超えて生徒会劇をやってくれたこと、ぴったりのキャスト陣を連れてきてくれたこと、衣装や不自然にならない程度に原作に似たキャラクター造形、キャストの演技ほとんどに関してはおおむね満足している。

一番評価できないところはあまりにも詰め込みすぎて間がなさすぎるところ。この点だけでわたしはこの舞台を手放しで褒めることは出来ない。セリフの多い役は皆がそうだったから、これはディレクションの問題だと思う。

たたみかける会話劇の面白さというものはあると思うけど、やが君にそれが合ってるかというとそうではないと思う。

登場人物の気持ちが変化していくのが肝の話なのに、観ている側がそれを理解する前にセリフがどんどん先に進んでしまう。セリフが一番多い侑は特に早口すぎて、聞きもらすと何の話をしてるのかわからなくなりそう。原作やアニメを見た人なら筋がわかるかもしれないけど、舞台でこの物語に初めて触れた人にこの話の良さを理解してもらえるかどうかは正直疑問だ。

例えば、侑が燈子を体育館外に連れ出そうと、理子先生に声をかける場面。生徒会室でキスしてもいいですよと言う場面。あと3秒待つだけでだいぶ印象は変わるはず……。惜しい。

他にも見ていて、今なんでそう思った?落ち着いてくれ、と思う場面が山ほどあった。上演時間が今の1.5倍あれば、みんなきちんと間をとって演技できたんだろうか。でも文芸作品でもないのに3時間越えは難しいか。

 

小糸侑

侑はビジュアルは完璧に侑で、原作やアニメよりもだいぶ年相応の高校生だった。感情豊かで身振り手振りが激しくて元気であわてんぼうな感じ……?「降り籠める」時点で自分から燈子にキスしたいと思う侑……?それは小糸侑なのか……?小糸侑とは……?(哲学)

多分わたしの中で凝り固まった小糸侑と演出の意図する小糸侑と違っていたというそれだけなんだろう。

侑の、あの何かをぎゅっと握る癖が再現されてて、そこは胸をぎゅっと掴まれた。加えてとても良かったのが、生徒会劇終盤、自力で立ち上がろうとする燈子を支えたいけれど、それを我慢して自分のナース服をぎゅっと握るところ。それから、原作28話の屋上のシーン。個人的にはここがこの舞台の白眉。他の場面では気になる間もきちんととってあって、激昂する燈子と対峙するギリギリの緊張感が出ていた。あそこでキスさせてしまえば共倒れ。言い方をひとつ間違えば永遠に燈子を失う。そういう侑が珍しく感情をむき出しにするシーンが、侑役の河内さんの演技と噛み合っていたように思う。

演技の細かい好きなポイントを挙げていくと、選挙演説の前に弱った燈子が頭を預けるシーンで、燈子の頭上に手を掲げて、撫でようかどうしようか逡巡してぎこちなく頭に手を置くシーン。

それから部屋での勉強シーンで「手首かー」のあと、足を伸ばして座って足先をぱたぱたさせるところ。原作侑もアニメ侑もあんな動きはしてないけど、なぜか侑っぽさをあの動きに感じてしまった。

河内さんは大量の(しかも早い)セリフをほとんど噛むこともなく演じきっていて、座長としての最後の挨拶も堂々としていて、完璧なのはこの子の方なのでは…?と思った。彼女は近いうちにもっと大きな舞台に出ていくんじゃないだろうかという予感がする。

 

七海燈子

初めにキャスト写真見た時正直カツラ感が凄くて心配してたんだけど舞台では地毛だったのかな?自然な黒髪ロング。体型が完璧に漫画の燈子。こんな人に好き好き言われて落ちない人っていないと思う。

七海燈子が立体になったらこういう立ち居振る舞いをするんだろうな、という小泉もえぴさん。舞台になって際立っていた燈子の特性の一つにそのずるさがあって、一番それを強く感じたのが、侑と手を繋ぐために手を差し出す、そのやり方。確かオープニングと河原のシーンで2回出てきたけど、自分からは握りにいかない。右手を「甲を上にして」差し出して待って、侑に握らせる。演出意図としては燈子のためらいや自信のなさを表したかったのかもしれないけど、王が臣民にキスさせるために手を差し出すような姿を連想してしまった。こんなやり方で燈子のずるさを表現できるとはね、と感心しきり。

わたしの席が2回とも下手端だったので、河原のシーンでは燈子の表情がよく見えた。頑なな決心が、侑の必死の引き止めに動かされていく様子が手に取るようにわかった。

「どっちの先輩のことも好きにならない」で目を開く、「これまでも これからも」で視線を床に落とす。その後のすがるような「ほんとに?」の言い方は忘れられない。

その直後、沙弥香に対して侑が劇を手伝ってくれることになった云々の会話をしているときの、七海燈子のあのずるさ!舞台にまだ河原のシーンから連続した侑が残っている状態でその会話をするのがまたひどい。「なんだかんだで頼まれたら断れない性格なんだよ。優しいから」先輩ずるすぎるでしょう?

この時の侑の演技は、顔の表情や身体表現が原作アニメよりも豊かな舞台版の侑だからこそ、できた表現だったかもしれない。

侑と同じく燈子も感情の振れ幅が大きい感じだったけど、やはり屋上シーンの燈子の追い詰められ方が真に迫っていて手に汗を握った。キスシーンの後はにかみながら髪を耳にかけるの可愛すぎるでしょう……。侑の部屋で勉強してるとこの緊張演技はちょっとやりすぎててギャグかな。

 

佐伯沙弥香

侑、燈子、沙弥香で作る「三角形の重心」をステージに立つことで表現していたのも、舞台ならではだったと思う。それぞれが一方通行で表すモノローグは原作から順番の入れ替えをされていたけど、その編集の仕方はとても好きだ。沙弥香の「燈子があんなに人と距離を詰めるの見たことない」というセリフには焦りと悲壮感があった。「侑と燈子の物語」にフォーカスしたこの舞台からはどうしてもこぼれ落ちてしまう沙弥香の心情を、あの演技が端的に表していた。舞台沙弥香は主役2人のサポート役の面が強いなと思って見てたけど、あそこで佐伯沙弥香というキャラクターが肉体を得て重さと影を得たような、そんな印象を受けた。

都さんとの「ふーん…」「ふーん?」「なによ」のやりとり良かったな。背伸びも無理も人に合わせようともしてない、リラックスした、人の心の動きに聡い女子高生が大人をからかうあの感じ。

 

その他キャスト

こよみの完成度は他の方が感想で書いてる通りで、槙くんは漫画よりも上背があって男っぽさが増してるぶん、「見ちゃったんだ昨日」の時の侑に対する脅威度があがっていた。演技もとても自然だったし、「面白いな」の言い方が好きだ。堂島はおおざっぱな演技含めて堂島度高い。見る前は槙と堂島のキャスト逆じゃないのかと思ったけど、実際見てみるととても納得した。個人的に朱里の朱里感に大満足。大垣先輩にフラれた後の舞台オリジナルの台詞で、正確な言い回しは忘れてしまったけど「返ってこない気持ちを持ち続けるのって辛いよね」というものがあり、「『好き』ってなんなんだろう」と問いかけ続けてきたこの物語にそぐう、良い台詞だと思った。

 

メインキャラの衣装替えのタイミングなどのために理子先生と都さんの出番が大幅アップ。メインのストーリーがしんどい時に、あの2人が出てくると肩の力を抜いて見ることができた。特に都さんは笑いを提供してくれることも多かったし格好良くてなおかつお茶目なところがふんだんに出ていた。この舞台で立道さんファンになった人もたくさんいるんじゃないかな?

 

オープニング

「だって私 君のこと好きになりそう」

♪チャラララー ラララー

(君にふれて…?!

ミュージカルでもないのにキャスパレがあるだと……?!)

(※舞台のオープニングに使われる、登場人物の顔見せ的な面と、イメージアクトを連続で見せるような身体表現。一般的な演劇用語ではない。こういうやつ)

ピースピット2017年本公演『グランギニョル』キャストパレード - YouTube

オープニングは本当にびっくりして多分声が出た。

ステージの一番高いところに立つ燈子を、一番下にいる侑を含めた舞台上の全員が見つめるところで、これは侑が周りの人たちと関わりながら、七海燈子という謎を解いていく話なんだという印象を持った。

サビあたりで見つめあった2人だけど、"強がりも" で侑が、"弱さも全部" で燈子がそれぞれ背を向けてしまうのも象徴的だった。オープンエンドの使われ方はとても意外で、でも違和感がなくて新鮮だった。

 

舞台装置

棚田のように奥に行くにつれ高くなるステージ、奥には御簾のようなのれんのような垂れ下がる紐の集合体がふた組。舞台上には高さの違うボックスがいくつか。これが配置を変え机になり椅子になる。

周りには窓のような形の枠組、これが時間の経過や心理描写を表すスクリーンにもなる。

面倒だから紐の集合体のこと御簾って呼んでしまうけど、この使い方が面白かった。

侑が初めて燈子に会う場面で、燈子は御簾の後ろに立っていて、顔はよく見えない。初めから燈子の顔を見せないのは原作の再現でもあるし、観客にあの人は誰だろう?と期待を高めてもらう意図もある。アンサンブルがモブ(槙くんに告白する女子、侑の恐れの中の燈子の陰口を言う生徒)を演じる時もこの向こうにいる。槙くんも初登場時ここから出てきてたけど、舞台に立ちたくない彼の特性を表してた?他の名有りキャラがここから出てくることってあったっけ?

御簾はスクリーンにもなっていた。印象的なフレーズを文字として投影してた。「君しか知らない」はわかるんだけどなんで「感じなかった」だったんですか「何も感じなかった」じゃだめだったんですか(謎)

 

演出など

シーンが終わった後に人物が舞台上に残って、向こう側で始まった別の芝居を見る、っていう演出が何度かされていた。槙くんの「一番近くで観ていたい 特等席で 大事に見守らなきゃ」の後に始まった燈子と侑の勉強しながらのやりとりをずっと上手端で見つめる槙くんとか、みやりこの家でのやりとりを見つめる沙弥香とか。誰が、どんな感情を抱えて何に興味を向けているのかが一目でわかる、舞台でしか出来ない演出だと思う。(槙くんの方はアニメ総作監の合田さんの落書きを思い出して笑ってしまったけど)

そう考えると、燈子の項でふれた、燈子の沙弥香とのやりとりを舞台上に残って聞く侑は、残っていながら振り返りはしないっていうのがもう、侑の心境考えると腹が痛くなる。

 

劇中劇の、「現実」との違いをどう表すのかと思っていたら、照明が効果的に使われてた。使われてたのは舞台上に置かれたスポットライトと天井真上のライトだけだった?シンプルで高校の体育館でやってる感じが出ていた。

劇中劇で同級生と弟はベッドサイドに置かれた椅子に座って、恋人だけはベッドに腰掛けるっていうの、いいね…!!

 

結末

劇中劇が終わったあたりからこれ結末どうするんだ……とそわそわしながら見ていた。「零れる」ルートに入ったとわかった時の緊張感と手汗。えっバッドエンド?からの舞台やがて君になる2の予告?次回、小糸侑死す!デュエルスタンバイ!などと考えていたら燈子の

「侑も、変わっていいんだよ」

の一言でああこの舞台はオリジナルの結末を迎えるんだな……と安心したところからの

「うれしい」

今わたしは何を聞いたのかと呆然としているうちに、燈子が嬉しそうに侑の手を取り、頬に当てる。「ぐちゃぐちゃになるけど」のあのポーズだ。何が起きているのか理解して握った手が震える。

終わった後はウワー、ウワーそー来たかー!としか言えなかった。5月3日が初日だったから、40話が世に出てからの公演だったからできたことだなと。そういえばアニメの製作が決まった時も、後の展開をアニメサイドに渡して作ってたって言ってたもんな。なるほどね。

 

?!

 

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はじめに書いたように、わたしはこの舞台そのものに高い評価をつけることはできない。でも他では得難い体験をさせてもらったし、演劇の構造を意識して作られているやが君を、実際の舞台として観ることができたのは本当に幸運なことだったと思う。

完璧ではないけど好きだ。これが正直な気持ちです。

千秋楽にまた行きます。観るのを楽しみにしている。