重箱

好きなものをつついていく

自分で決める、小糸侑の「好き」

※この記事は『やがて君になる』40話(2019年4月27日発売6月号掲載分・単行本未収録)までの内容を含んでいます。未読の方はご注意ください。

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選択するということ

前回の原作に関する記事を、わたしはこう締めくくった。

lacqueredboxes.hatenablog.com

小糸侑が、選ぶ時が来る。

しかしこれは間違いだった。侑が選ぶときは40話ではなかった。優柔不断だった侑が、いままで何度も何度も自分が燈子を「選んできた」という気づきが、この話では語られている。

「選ぶ」という行為は、38話では燈子が意識的にしたことだった。その行為が見守り続けてくれた親友を深く傷つけることを理解した上で、彼女はその選択をした。燈子にとっては、そのくらい選ぶことは重大なことであった。

 

身長、髪質、大胆さと慎重さ。多くの点で対照的に描かれている燈子と侑は、選択という点においてもまったく異なる描き方をされる。

選ぶということが

昔から

苦手だった

たくさんの扉=選択肢が並ぶ真っ白な空間で、侑ははじめ、真上からの光に照らされて立っている。扉のどれかから大きな何かが訪れるのを待っている。自分から動いてどこかの扉に入ってみることもない。光の射してくる方向が変わり、彼女はそれに向かって全速力で走っていく。やってきた側が暗くなるほどの強い光に導かれながら侑はここで自分が、いくつもの分かれ道で燈子へ向かう道を選び続けてきたことを自覚する。

そしてカラーページとともに侑の内面世界は終わり、39話の河原から走り続けてきた現実世界の侑が、生徒会室の引き戸を開ける

侑が息急き切って生徒会室の引き戸を開けるのは、実は1話のリフレインだ。扉を開けることが選ぶことの象徴なのであれば、侑は一番初めから燈子を選んできたということになる。

 

どうしてわたしが特別だとわかるのか、と聞かれた時の燈子の「特別」の理由は、まったく論理的なものではない。自分が「特別な人」に対してどういう反応を示すかを並べた、侑が言うところの「わけのわからない」ものだ。

ここまで読んできて思うのは、燈子は「好き」なものに関しては自分の感情に素直に動く人間なんだということだ。

ほぼ初対面の下級生を呼び捨てにする、この人が好きだと思ったら往来でキスをする。姉になるためには絶対に失敗することの許されない生徒会選挙で、優秀かどうかもわからない侑を応援責任者にする。「こうしたい」と思ったら即そうする。もっともらしい理由や理屈をつけるのはその後だ。頭がよいからその行動と理由に齟齬は見えない。そこに言い訳めいた色を感じ取れるのはずっと隣にいる沙弥香くらいのものだ。

 

燈子が感情先行型の一方、侑は基本的に理性の人だ。頭でっかちと言い換えてもいい。悩みすぎて自分では決められず、何かを始めるには「誰かにそう言われたから」という受け身な姿勢で臨むことも多いことが描かれている(中学の部活や生徒会の手助け、燈子と一緒にいることなど)。きっと動き出すには、自分の頭で納得できる明確な「理由」が欲しい子なのだと思う。

そんな侑が燈子を選んできたシーンは、侑の感情が思考を追い越した場面と、侑が燈子の意思に反してでも燈子のためを思い、独自に考えて動く場面だった。

1巻5話、生徒会選挙応援演説中、燈子のことをずっと考えていた侑は、「役員になりたい」「七海先輩の助けになりたい」と勢いで宣言する。

2巻10話、誰かを好きになりたいと思っていたはずの侑は、燈子と一緒にいられなくなることを恐れて「先輩のこと好きにならない」と約束をする。

4巻22話「変えようよ」、5巻28話「先輩しか知らない」については説明不要だと思う。そしてこの全てが各巻の最後の話だということに着目したい。

3巻最後の16話については、40話の「選んできた」一覧には出てこない。だがこの話は、侑の心臓が燈子を選んだ話だった。

本人の理性が認めたがらないだけで、侑の感情は既に燈子を選んでいた。だからこそ4巻5巻のエピソードは、もはや「感情が燈子を選ぶ」話ではなかったのだろう。

1人の人間を変えようとするなんて確かに傲慢で、並大抵の覚悟でできることではない。反発されたならなおさらだ。

それでも侑は踏み込んだ。燈子に、燈子自身のことを認めてあげてほしいから。それが相手を特別に思う気持ちでなくてなんだと言うのだろう。

侑は、過去の自分が「どう思ったか」ではなく、燈子によって「どう動いてきたか」を思い返し、そこに燈子が特別だと決めるに足る「理由」を見つけた。ようやく頭で納得のできる答えを見つけた彼女は、自分の意志で燈子の手を取る。

 

自分で決めるから

私がどうするかは

私が自分で決めるから

7巻幕間「答えあわせ中」で、大学在学中の理子先生が身を引こうとする都さんに言う言葉だ。

はじめに読んだ時は、理子先生は意志の強い人だなくらいにしか思っていなかったけれど、40話を読んだ今、この作品を初めから見渡してみて思う。『やがて君になる』は、「自分で決める」物語なのではないか。

沙弥香は燈子の隣に立ち続けることを決めた。こよみは憧れの錬磨先生に会い、将来の夢を定義しなおした。燈子自身の入れ子構造のような劇中劇の主人公は、なりたい自分を自分で決めた。

この物語の一番大きなテーマである「人を好きになるとはどういうことなのか」という問への主人公の出した解は、「自分で選んで手を伸ばすもの」だった。

 

8巻完結が予告されていて、「やがて君になる」は残すところあと4話か5話だ。

話の区切り的には40話で終わってもおかしくないほどの内容だった。 今後何が描かれるのかはわからないけれど、人は恋だけで生きていくわけではないので、わたしは侑と燈子それぞれの、自立した大人になっていく通過点としての「自分で決める」が描かれればいいと思う。侑に関しては2巻8話「選択問題」で自分のやりたいことを決めているこよみを羨むような描写もあったので、ここのバトンを受けとるという意味でも、将来に繋がる選択が描かれればとても綺麗な終わりになりそうだ。

 

終わり……終わるのか……終わらないでくれ……。でも綺麗に終わってくれ……。

 

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・本文には入れられなかったけど、侑の感情が思考を追い越した場面は他にもある。1巻3話「なんで構わないなんて言っちゃったんだろう」、3巻13話「嬉しかった」。

・「選択問題」って超重要タイトルだったんだな。侑が初めて自分の意志で燈子を選ぶ話だった。

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41話までになんとか間に合った……。41話こんなんだから読んでしまったら考えてたこと全部吹き飛ぶ予感しかない。

 

そしてその前に遠見東高校生徒総会に行ってきます。楽しみすぎて眠れない。

ラジオCDとメンダコストラップだけはぜひ欲しいので売り切れてませんように。

月刊コミック 電撃大王 2019年7月号

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