重箱

好きなものをつついていく

小糸侑と光(5) 侑の走り出す未来

仲谷 鳰『やがて君になる

主人公 小糸侑と光の描写、第39話分。

 

※単行本未収録の話に言及します。未読の方は注意。

 

1,2巻分
小糸侑と光(1) - 重箱
3,4巻分
小糸侑と光(2) - 重箱

5,6巻分

小糸侑と光(3) - 重箱

 35~38話分

小糸侑と光(4) - 重箱

39話

  • サブタイトル「光の中にいる
  • 表紙、色を消し飛ばすような強い光を正面から浴びて、眩しそうに片目をつぶり片目を開く侑
  • 窓ガラスに隔てられた星空を眺めながら「少女漫画やラブソングのことばが 自分のものになる気がしたんだ」
  • 「でも」で写るプラネタリウム、音楽プレーヤーの光を消す行為。
  • 「でもまあそうだな(中略)それはいいことだよね」連続した3コマ、真ん中のコマは街路樹の形だが侑の心のざわつきの表現でもある。「好きだった誰かを忘れてほかの人を見つける」という行動に、自分や燈子を重ねている。
  • 槙くんと別れたあと、1人歩く侑。日向と日陰の境界線上を渡るような歩き方をしている。
  • 好きだと言う燈子を思い出す侑。周りに星のような効果、フキダシが発光しているような形をしている。
  • 「ごめん」2P前と同じ形のフキダシだが色が黒い
  • 見開き。こちら側から見える侑の姿が陰になっているのは、奥から強い光で照らされているからだ。「好き」を強く求める気持ちがありながら、「好き」を自分のものにできない痛みに引き裂かれるように、半身が光と陰に分かたれている。
  • 川面にはまるで侑の涙のような軌跡を描いて光が落ちる。
  • 反転して走る侑、光源が侑の顔に合わせて回り込むように変わる。侑の走る方向が、光の差してくる方向だ

 

そこのちっちゃいスマホで電子版読んでる人ー!!!紙の電撃大王を買ってくれ!!!

それくらい今回は本当に、大きいサイズであの見開きを見てほしい。主人公が39話分かけて徐々に徐々に変化していった、その結果が見事に描かれた回だ。

「わたしに好きは訪れない」と諦めていた侑が、「好き」を欲してズキズキ痛む心臓をつかむ、あの表情。七海燈子……! 七海燈子……!

わたしに好きは訪れないの「好き」は、侑自身が誰かを好きになることがない、という文脈で使われていた言葉だ。侑はそういう感情を自分の中に持ちたいと願っていた。

 しかしここで強く求められる「好き」はそこから発展して、自分が燈子を好きになることを受け入れてほしい、その上で燈子の「好き」が欲しい、という双方向のものだ。自分の軽はずみな告白のせいで、やっと見つけることができた好きは手の中から零れてしまった。初恋のよろこびを知る前に失恋の痛みを知った小糸侑は、まだ涙を流すことができない。

 

 やが君は毎回そうだけど、今回も小道具や舞台装置で物語を補強する手法が散りばめられている。たとえば「違う側の人間」のときにネットで隔てられた侑と槙なんかはわかりやすいし、スポーツの例えのときに侑がバットを握っているのもそう。槙君の言葉とともにストライクになるのも、侑の本当のところをズバッと指摘されたからだ。その前のシーンで打ち返した球がボテボテのゴロだったのも、侑の口にする「『ごめん』の理由」が、燈子の真実ではないという表れだろう。

 

右から左に読み進む漫画では自然に右側が過去、左側が未来になる。燈子との思い出の場所をめぐる侑はずっと、右側ばかりを見ている。読み進む方向と逆側に意識を向けるキャラクターは、読者に停滞を連想させる。

そしてメッセージを受け取った小糸侑は、反転して左側へまっしぐらに走りだす。左奥や左手前ではない。走り出した侑の顔は全て横顔しか描かれないほどに、シンプルに左へ、未来へと向かう。停まっていた時間が一気に流れ出すのに合わせて、侑のスピードも上がる。ページをめくる手ももどかしく進んだところに待っているのは、あの人だ。

 

この話を紙で読んでほしい理由はもう一つある。最終ページとその手前、裏表に描かれた2人の心臓の位置がぴったり合うように描かれているんじゃないか、というのがそれだ。

侑の受け取ったメッセージを見て、アニメを見た人なら誰もがEDテーマのhectopascalが頭の中に流れ出すだろうけど、その中にこの歌詞がある。

ココロの位置がわかったよ

なんだか苦しくなるよ

そして最後の侑のモノローグが

心臓の位置が

わかる

だよ?!?!

紙で買った人は侑の心臓の位置を指で押さえてめくって確認してください。持ってない人は買ってください。

月刊コミック 電撃大王 2019年4月号

月刊コミック 電撃大王 2019年4月号